福祉に支えられた
利用者や
その家族からの物語
例えば
- 娘も私も安心させくれた
保育士さん -
娘は1歳になったばかりの頃、保育園に入園しましたが、お昼寝の前になると必ず泣いていました。なかなかお昼寝することができず、お迎えに行くといつも眠そうなのが可哀想で、とても心配でした。ある日お迎えに行くと、先生は娘を抱いたまま静かな声で、「今日は少し時間がかかりました」と話してくれました。背中を一定のリズムでトントンしながら、娘が落ち着くまでずっと抱き続けてくださったそうです。「最後は、私の服をギュッとつかんで眠ったんですよ」と聞き、その情景が浮かんで胸がいっぱいになりました。私の代わりに、不安な気持ちを受け止め、安心できる場所をつくってくれている人がいる。その事実に、娘だけでなく私も安心して、涙が出るほどでした。娘を保育園に預けているというより、保育士さんと想いを分かち合いながら、一緒に育てていただいているのだと感じ、胸がじんわりと温かくなりました。
- 私に寄り添ってくれる、
確かな支え -
歳をとってから日増しに忘れっぽくなりました。食事の準備もままならず、薬も飲み忘れそうになる。いつまで一人暮らしができるのか、誰かに迷惑をかけているのではないか・・・生活が音を立てて崩れていくような気がして、本当に怖かったんです。そんな時、ヘルパーさんが訪ねてくれました。その方は「困っていることを、一緒に並べてみましょう」と言って、一枚の紙を広げ、私の不安なこと、困っていること、些細なことを書き並べてくれようとしました。最初はなかなか思うように言葉が出ませんでした。でもその方は、目を合わせてうなずきながら、薬の服用時間を整理して、私専用のカレンダーやチェック欄を一緒に作ってくれました。食べやすい食事の形も、私の様子を見ながら細かく調整してくれたんです。「忘れたって大丈夫ですよ。次の一手を考えましょう」と、笑顔で励ましてくれました。ヘルパーさんの笑い声に、心がふわっと軽くなった気がしました。「私は一人じゃない」、その時、感じました。その安心が、今の私の確かな支えになっています。
- 生活も心も支えられていた
-
一人暮らしの祖母が訪問介護を利用し始めた頃は、家族は「掃除や買い物など、日常の家事を少し手伝ってもらう程度」だと思っていました。仕事が忙しく週に数回しか会えない中で、誰かに来てもらえるのは助かる、というくらいの感覚だったんです。ある日、祖母の家を訪ねると、いつもより表情が明るく見えました。「なにかいいことでもあったの?」と尋ねると、「ヘルパーのAさんが来てくれると本当に助かるわ。一人ではなかなかこうはいかないのよ。」と祖母が明るく呟いたんです。その言葉に、ハッとしました。ヘルパーさんは、単なるお手伝いさんではなく、祖母にとって大切な存在になっていることに気づきました。祖母の話からは、ヘルパーさんの、高い場所の掃除を安全にこなしながらも、祖母を不安にさせないようにする心配りや、買い物の道中、様々な話題を織り交ぜながら丁寧に話を聞いてくれる細やかな配慮などが伝わってきました。祖母の好みの味を覚えて、季節感のある料理も作ってくれるそうです。「次にAさんが来るのは明後日ね。」と祖母は笑顔で話し、心待ちにしていました。ヘルパーさんならではの寄り添いが、祖母の心までしっかり支えていたのです。生活の補助という枠を超えて、祖母の毎日を前向きに変えてくれていた。その価値を、肌で感じた瞬間でした。
- 心に余裕が生まれて、
子供と
自然に向き合える毎日に -
うちの子は気持ちの切り替えが苦手で、家や学校で何か思い通りにいかないことなどがあると、落ち着くまでに時間がかかることがありました。そんな子供に対処するのに、夫も私も精一杯で、生活に疲れ果てる毎日でした。放課後デイサービスに通い始めたのですが、最初は、正直なところ「通う意味なんてあるのかな」と半信半疑でした。ですが、通い始めて数ヶ月経つと、子供の様子に変化が起きてきたのです。ある日、子供とスタッフさんのやり取りを見ることがありました。子供の感情が昂ってしまった時、スタッフさんは、優しく「そっか、そういう気持ちなんだね」と丸ごと受け止めてくれていました。無理に落ち着かせようとせず、本人のペースを何より大切にしてくれるんです。そして子供がうまくできた時には、子供と一緒に喜び、心から褒めてくれる。そのような真剣に我が子と向き合ってくれるスタッフの方の姿に心を動かされました。その姿勢を私たちも参考にして子供と関わることで、私たち家族の心にも余裕が生まれました。今でも試行錯誤の毎日ではありますが、子供と過ごすことが以前よりずっと楽しくなり、親子とも笑顔の時間が増えていることを実感しています。
福祉を支える人や
福祉に出会った人たち
からの物語
※福祉職ご本人や場面を見かけた方など、
どなたでも投稿できます
例えば
- 優しい気分になれた、
介護の風景 -
エレベーターの扉が開いて、車椅子に乗ったご老人と若い介護スタッフの方が乗り込んできました。散歩からの帰りのようです。年齢は随分と離れているのに、お二人の雰囲気はなんだかとても楽しそう。「お散歩、気持ちよかったですね」とスタッフさんが声をかけると、ご老人は「そうだね、最近雨が多かったからね。久しぶりに外に出た気分だよ」と嬉しそうに返します。「それは良かった。明日もお天気いいみたいですよ。明日は公園まで行ってみましょうか」と気軽に促す若いスタッフさん。その自然なやりとりが、まるで古くからの友人同士の会話のようで、見ている私の心までほっこりとして、何だか嬉しくなりました。介護とか福祉って、大変そうな印象でしたが、実はこんな感じの自然に寄り添い合う関係を大切にする仕事なのかもしれないな、と感じました。誰かのことを思いながら、毎日ていねいに向き合っている人たちがいます。その何気ない日々の積み重ねが、私たちの暮らしを、気づかないところでそっと支えてくれているのだと思います。
- 寄り添うことの大切さを
学んだときの話 -
私は放課後等デイサービスで働いていますが、そこでの印象深い、ある男の子の話です。その子は、口数が少なく、職員とも友達とも積極的には関わろうとせず、一人で遊んでいるタイプの子でした。職員が話しかけると一言二言答えてはくれますが、彼から話しかけてくることはほとんどありません。私たちは、懸命に、試行錯誤しながら向き合う日々でした。ある日の放課後、その子が少し深刻な表情で「話したいことがある」と近づいてきたんです。クッションのある角に腰を下ろすと、「他の人には言わないでね」と前置きして、心にずっと抱えていたことを少しずつ打ち明けてくれました。 私にできたのは、ただ耳を傾けることだけでしたが、言葉を探しながら「そっか、そういう気持ちなんだね」とその子の想いを丸ごと受け止めようと努めました。話し終えた後の表情は、はっきりとは覚えていません。ただ、その子の内側で何かが変わったのを感じました。目に見える行動が大きく変わったわけではありません。でも、目の前の大人を少しだけ信頼してくれた。その小さな変化が、寄り添い続けることの尊さを教えてくれました。




